トランプ関税から学ぶ、経済の動きと暮らしのつながり
トランプ関税は世界に大きなインパクトを与え、その後もニュースを騒がせています。しかし、どんな問題が具体的に生じて、私たちの暮らしにどう関わるのか?あまり理解していないという方もいるかもしれません。「関税」の問題から、経済の動きや暮らしとのつながりを考えます。
意外と知らない関税の歴史

関税を、輸入品に課される消費税のようなものと考えてみます。例えば、日本の自動車メーカーがアメリカへ輸出する場合、船で運んでアメリカに到着した時点で、車に関税が課されます。税率は国や品目によって決まっていて、現地での販売価格に上乗せされます。

関税の役割は、歴史とともに変化してきました。大航海時代の15~17世紀、スペインやポルトガルは新大陸やアジアと独占貿易を行い、金銀の流入だけでなく、輸入品に関税をかけて莫大な富を築きました。それらの収支は、まさに国家の財政を支える柱の一つでした。そして近現代になると、関税は財源を確保する手段のみならず、さまざまな意味を持ち始めました。
まずは、自国の産業を守る盾としての役割。貿易により外国から安価な製品が大量に流れ込むと、国内の企業は太刀打ちできず、採算が悪化して事業の継続が難しくなる可能性があります。そこで、外国の安価な製品に高い関税を課すことで、国内の製品と輸入品の価格差を調整し、自国の産業を守っていく。こうした考え方は「保護貿易」と呼ばれます。逆に、関税を低く設定して貿易の障壁を下げ、各国が得意分野に特化して分業することで、より良いものを安く入手でき、世界全体が豊かになるという考え方が「自由貿易」です。
また、外交の切り札という側面もあります。関税は相手国の産業や雇用に影響を及ぼす可能性も。例えば、A国がB国の輸出品に高い関税をかけると、その製品の価格は上がりA国で売れにくくなります。B国は企業の売上や国内の雇用にダメージを受けるため、A国に関税引き下げを求めざるを得ません。このように、関税は国が取引や交渉を進める上での有効なカードになっています。特にアメリカのような巨大な市場を持つ国にとっては、関税は強力な切り札です。

実は、アメリカの独立には「関税」をめぐる対立も大きく関わっていました。イギリスの植民地だった当時、アメリカに入るお茶には関税がかけられ、その収入はイギリス本国の財源とされていました。のちにイギリスは経営が悪化した国策企業(東インド会社)を優遇するため、イギリスから出荷するお茶は税金をゼロにし、アメリカへの直送を認めました。一方で、アメリカの港でお茶を受け取る際に支払う関税は残されたのです。この結果、東インド会社のお茶がアメリカで安く出回り、現地のアメリカ商人が扱っていたお茶は価格面で不利になりました。
アメリカの人々は自分たちの代表がいないまま、税を決められることに強く反発しました。この「ボストン茶会事件」が契機となり、アメリカ独立戦争へつながったのです。こうして振り返ると、関税は世界の歴史を動かしてきた「国家戦略の最前線」と言えます。
トランプ関税が世界を騒がせている理由

トランプ関税は、なぜ注目されているのでしょうか。第一の理由は「規模がとても大きい」ことです。第一次トランプ政権でも関税は引き上げられましたが、上昇幅は約1.5%ポイントにとどまり、関税率は約3%でした。
今回はそれと大きく異なり、関税率が一気に約20%まで引き上げられ、対象範囲も広がっています。前回は太陽光パネルや洗濯機、鉄鋼・アルミなどの一部品目に限られ、その主な対象国は中国でした。今回はほぼすべての品目に及び、同盟国を含んだ世界各国が対象になっています。日本の場合、2025年7月の日米関税合意によりアメリカへの輸出品には原則15%の関税が課されています。自動車などの基幹産業も対象となり、日本経済への影響は大きいでしょう。
第二の理由は「やり方が強引だった」こと。関税の税率は各国の裁量で決められるものの、好き勝手に引き上げると国際関係は悪化します。実際、世界大恐慌後の1930年、アメリカが自国の産業を守るために関税率を大幅に引き上げた結果、各国の報復が連鎖し、第二次世界大戦の一因になったと指摘されています。
こうした反省から、アメリカが主導的な役割を果たして設立した世界貿易機関(WTO)が、国際ルールを整え、関税措置は原則として協議や手続きを経ることとなりました。しかし、トランプ大統領はルールを顧みず、一方的な追加関税を発動。突如、SNSで方針を示すような異例の進め方をとりました。この強引な関税引き上げは、世界各国のアメリカへの信頼を大きく揺るがしています。

トランプ関税の意図はどのようなところにあるのか?三菱総合研究所 政策・経済センターでアメリカ経済を研究する淺井優汰さんは「狙いは大きく3つあり、いずれもアメリカが抱える根深い課題と密接に関係する」と話します。
1. 製造業の再興
冷戦が終結した1990年代以降、世界は自由貿易が進み、多くのアメリカ企業はコスト削減のために中国やメキシコなど労働力の安い国に生産拠点を移してきました。
「その結果、アメリカ国内は工場の閉鎖が相次ぎ、中間層の雇用が大きく失われました。ITや金融などの分野はグローバル化の恩恵を受けて成長しましたが、多くの産業と労働者は取り残され、格差が拡大したのです。アメリカの世論調査でも、自由貿易によって失ったことの方が多いと感じる人が過半数です(※1)。また安全保障の観点からも、いざという時に自国でモノを作れない状態は避けるべきなので、保護貿易に転換することで製造業を再興しようと考えているのです」(淺井さん)
トランプ大統領は選挙期間中から現状に不満を持つ国民を取り込み、「雇用を取り戻す!」「アメリカに再び工場を!」と訴えてきました。

2. 中国の勢いを抑える
中国は2001年のWTO加盟以降、安価な労働力と政府の強力な支援を背景に「世界の工場」として大きな発展を遂げました。まさに、自由貿易の恩恵を最も受けてきた国の一つと言えます。一方、アメリカでは産業の空洞化が進み、貧富の格差も拡大しました。ある研究では1999年~2011年に中国からの輸入拡大により、アメリカで約240万人の雇用が失われたと推計されています(※2)。
今や中国は、アメリカの「覇権国家」としての地位を揺るがす存在です。現在の名目GDP(国内総生産)はアメリカが首位ですが、三菱総合研究所の試算では、2040年にかけて両国が拮抗すると予測しています(※3)。こうした経緯からアメリカは関税を引き上げる矛先として、中国を最優先のターゲットにしたと考えられます。
3. 国際ルールの再構築
アメリカは基軸の通貨ドル、自由貿易を進めるWTO、航行の自由など、長らく「国際公共財」を提供してきました。それは、各国の成長と安定した国際秩序を支える土台でもありました。しかし近年、中国やインドなどのグローバルサウス諸国が台頭し、アメリカ一国で世界の秩序をリードし続ける力、意思は相対的に弱まっています。
自由貿易は、アメリカが世界最大の消費市場として多くの輸入を受け入れることで機能してきた側面があります。その結果、アメリカは輸入が輸出を上回る貿易赤字が慢性化しました。製造業は空洞化し、中間層は雇用を失い、重要なサプライチェーンは弱体化、安全保障面での脆弱化も懸念されています。一方で、中国やドイツ、日本や韓国などの輸出国はアメリカにモノを売ることで経済が成長しました。トランプ政権のベッセント財務長官は「こうした不均衡は持続不可能だ」と指摘しています。
「トランプ政権は高い関税率を交渉材料に、これまで提供してきた国際公共財について相応の負担を求める姿勢を強めています。具体的には、同盟国に安全保障の費用負担を一層求め、企業にはアメリカへの投資拡大を促し、雇用や技術の国内回帰を目指しています。また同時に、貿易相手国に関税引き下げなどを求め、輸出拡大を狙っています。関税はアメリカが負ってきたコストを広く分担させ、不均衡を是正するための国際ルールの再構築であり、その手がかりです」(淺井さん)
トランプ2.0の米国・世界経済への影響と日本に求められる備え | MRIオピニオン(2025年1月号) | ナレッジ・コラム | MRI 三菱総合研究所
日本の経済、企業は何を求められるのか?

トランプ関税は日本経済や企業にどのような影響を与えるのでしょうか。関税は輸入品に課される消費税のようなもの、それはアメリカ政府の税収となります。そして、その負担は①日本などの輸出国、②アメリカの企業(現地の日本企業を含む)、③アメリカの消費者のいずれかに生じています。
三菱総合研究所の試算では、①輸出国が1割、②アメリカの企業が7割、③アメリカの消費者が2割とみています(※4)。つまり、アメリカ側の企業が大部分のコストを吸収しているのが現状。ただ、企業が関税コストを負担し続けるのは現実的ではなく、今後はアメリカの消費者への値上げが段階的に進むと見込まれます。価格が上がると、消費者は購入する量を減らし、安い製品に切り替えます。例えば、アメリカで自動車の価格が1%上昇すると、販売台数は約1.4%減少するという可能性も(※5)。
アメリカの消費者が損をするなら、関税を上げる意味がないのでは?と思うかもしれません。しかし、ここから長期的な視点で考える必要があります。
日本企業にとってアメリカは主要な市場の一つです。市場での需要の落ち込みは現地の日本企業の売上減少、アメリカ向けの輸出減少を通じて日本経済全体にマイナスの影響を与える可能性も。
「高い関税をかけると、外国製品は相対的に高くなり価格競争力が低下します。それならば、アメリカ国内に工場をつくって販売しようと判断する企業も出てくる。こうした動きを想定し、海外の製造業をアメリカ国内に呼びもどし、産業の基盤を立て直すことがトランプ政権の狙いでは」(淺井さん)
「実際、一部の日本企業にはアメリカ国内の生産拠点の拡充や新設の動きが出ています。とは言え、すぐに多くの製造業がアメリカに戻ってくるとは考えにくい。この30年、アメリカは製造業をないがしろにしてきました。最大の課題は人材不足と技術力の空洞化で、それらはすぐに取り戻せるものではない」(淺井さん)

多くの製造業が海外へ移転した結果、国内の製造現場を支える熟練技術者の数も減りました。特に、細かい部品などの精密な加工のノウハウは長年の経験で培われるもの。そうした環境を踏まえると、すべての産業がアメリカ国内に回帰するわけにはいかないのが実情です。
ただ、アメリカが製造業を取り戻したいという願いは切実です。今後もこの流れは続き、これまでの低い関税率に戻る可能性は少ないと考えるべきでしょう。こうした大転換を踏まえ、日本政府は互恵的(Win-Win)な日米関係の再設計を進める必要があります。アメリカの製造業の再興には、日本の技術力が不可欠。これは日本企業の新たなビジネスチャンスであり、日本の国益にもつながります。
同時に、アメリカ以外の国との連携強化が重要です。世界の輸入額に占める、アメリカ以外の輸入額はシェアが約9割。同じくトランプ関税の影響を受けるヨーロッパや韓国、インドやASEANとの連携がカギになります。
日本企業はこうした環境変化を事業戦略に織り込み、最適なサプライチェーンや販路の多角化を検討していく必要がありそうです。特に小さな企業では影響も大きいため、産業クラスターを軸に企業連携や協働を強化することも大切です。
世界・日本経済の展望|2025年8月 トランプ関税への対応を模索する世界、競争力が問われる日本 | 内外経済見通し | エコノミックインサイト | MRI 三菱総合研究所
裏側にある「背景」に関心をもつ

世界は今、政治の不安定化や地政学リスクの高まりが続いています。各国が貿易や産業政策により強く介入することで、ビジネスはその経済・政治の動向に大きな影響を受ける可能性があります。貿易のコストが増大する直接的な影響。不透明さが続き、新しい事業や大きな投資に踏み込めない状況。その結果、自国の経済まで停滞していくというスパイラル。
そう考えると、特定の国や地域に依存しすぎる取引はリスクになり得ます。例えば、中国企業はアメリカ以外への輸出拡大に取り組んでいます。一つの例が電気自動車(EV)。政府の補助金やスケールメリットを背景に、低価格EVを大量生産しヨーロッパや日本、ASEANなどへ販路を拡げています。日本企業も米中対立やトランプ関税に対応し、中国の生産・輸出拠点を縮小し、生産拠点を国内や東南アジア、インドなどに分散する動きがみられます。
「最近、中国の自動車メーカーのCMを目にしますよね。日本市場を開拓する一例です。また、熊本や北海道の半導体工場の新設も話題になりました。これらは日本国内への生産回帰が強まっていることを示しています」(淺井さん)
経済の動きは少しずつ暮らしに変化を与え、街の風景まで一変させることがあります。メディアでは、トランプ大統領のセンセーショナルな発言や派手なパフォーマンスが取り上げられがちですが、それさえも私たちの日々の暮らしとつながっています。だからこそニュースや記事の背景に想いを馳せて、その構造や動き、ストーリーを想像してみることが大切です。
「スーパーで値札を見ながら、なぜ値上がりしたのかな?この国の品物が増えたのはなぜ?と考えてみる。ある海外の観光客が増えていることを調べてみたら、最近、日本と外交関係が改善した経緯が見えてくることも。SNSに表れる世相が、日々追っている経済データとマッチすることもしばしばです。検索やAI、書籍などさまざまな情報源を活用し、気になったらまず調べるようにしています」(淺井さん)
日常の景色の変化には、どのような背景があるのか。小さなことに関心を向けることが、複雑に見える政治や経済の動きを理解する大きな手がかりになるかもしれません。「なぜ、牛丼チェーンがラーメンを売り始めたのだろう?」淺井さんの経済のアンテナは、そんな身近な動きにも向いているようです。
〈記事の話を聞いた人〉
三菱総合研究所 政策・経済センター
淺井優汰
大学時代に経済学を学び、2022年入社。アメリカ経済を中心としたマクロ経済の調査・分析を担当。子どもの頃から車が好きで、車に関するニュースから社会と経済に興味を持つようになった。

〈出典〉
※1 On increased foreign trade, majority in US take a negative view | Pew Research Center
※2 David H. Autor, David Dorn & Gordon H. Hanson(2016) “The China Shock: Learning from Labor Market Adjustment to Large Changes in Trade”
※3 米国大統領選挙後も変わらない3つの潮流とは?米中対立・地産地消・政策分断 | MRIエコノミック・レビュー | エコノミックインサイト | MRI 三菱総合研究所
※4 米国:関税インフレの現状と展望 ─ トランプ関税の7割は米国企業が吸収、価格転嫁は徐々に進む公算 | MRI 三菱総合研究所
※5 日本・米国:「トランプ関税」が日本の自動車産業に与える影響② ─ 自動車関税拡大により米国自動車需要は▲14%減少のおそれ | MRI 三菱総合研究所
企画・構成:広報部、まる、エクスライト
取材・文:上條弥恵/エクスライト、末吉陽子
編集:広報部
