「空飛ぶクルマ」と聞いて、どんな乗り物をイメージしますか?また、実際にそれが社会で利用されるようになるまで、どんな検証や準備が行われているのでしょうか。三菱総合研究所 モビリティ・通信政策本部では、空飛ぶクルマの社会実装に取り組んでいます。航空会社の技術系総合職からシンクタンクに転職してきた石塚沙也子さんに話を聞きました。

― 空飛ぶクルマにはどんな種類があるのでしょう?
皆さんの頭に浮かんでいるのはきっと全部正解!と思うくらいたくさん種類があるのですが、大きく二つに分けられます。一つはドローンが大きくなったようなプロペラが複数ついているタイプ。1人か2人乗りで比較的小型です。エアタクシーと呼ばれるような都会での移動や離島などへの短い飛行に向いています。もう一つは固定翼がついているタイプ。長い距離や高いところを速く飛べて、地方や都市間の輸送などに期待されています。
― なるほど、共通点はありますか?
一般的に、空飛ぶクルマは3つの特長があります。電気の力で動く、将来的に自動で空を飛ぶ、垂直に離着陸できることです。電動化は環境にやさしく、騒音発生が少なくなることもメリット。自動操縦はパイロット不足の解消に貢献しますし、1人のパイロットが同時に何機も操縦するという形も将来的にはあり得ます。垂直はヘリコプターに比べて、小さな場所でも離着陸できることが期待されています。ヘリもほぼ垂直に降りますが、若干斜めに入るので障害物のない広めの空間が必要です。ヨーロッパでは円錐型の小さいエリアでの離着陸が認められており、日本でも将来、その適用が期待されています。
― 3つの特長が社会課題に直結しているのですね。
特定の地域に空の移動や輸送手段を提供することも課題の一つです。空飛ぶクルマが小さいエリアや空間で離着陸できるようになれば、例えば、事故や災害が起きた際は、現場近くにお医者さんをより速く連れていけるようになります。

― 石塚さんはどんな仕事をしているのですか?
三菱総合研究所では技術調査、政策・制度的なアプローチ、社会実装など大きく3つのプロジェクトが動いています。まずは各国の制度や技術動向を調査する仕事です。公開情報をベースに各国の動向をデスクトップリサーチしたり、エアバスやスカイドライブなど国内外のメーカーに書面でヒアリングし、機体のパーツ、充電の構造、必要な資格などを一つひとつ整理します。それらをまとめて、国土交通省の航空局に空飛ぶクルマの検討材料としてご提案しています。
二つ目は、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の次世代 空モビリティの社会実装プロジェクト。その中で、空飛ぶクルマの技術進展についてロードマップを描く仕事をしています。モーターやバッテリー、通信システムなどの技術分野で達成すべき項目、空飛ぶクルマが社会で使われていくための仕組みの検討などを行っています。5~10年後に日本がこの業界で強みを持つにはどの技術に力を入れるべきか?といった戦略分析なども。大学の先生や各要素技術の技術者と議論するのですが、それぞれの専門で立場が異なり、こだわりが強いからこそ盛り上がります。「いいじゃない、いいじゃない」と進むこともあるし、あまり盛り上がらなかったときに限って、最終的に「あれ?」ということも起こります。
ReAMo 次世代空モビリティの社会実装に向けた実現プロジェクト | Realization of Advanced Air Mobility Project
― 大変な仕事ですね。
社会実装では、東京都や延岡市の実証プロジェクトに参加しています。飛行する場所を探すことから、機体の選定、航空局や消防、警察との調整なども支援しています。飛ばすためのインフラを整えるべく、場所をご提供いただく地権者、そこに格納庫を立てるとなれば自治体や建築家の方とも話します。建築基準法を猛勉強し、何とかくらいついていけるように頑張りましたが、すごく楽しかったです。
東京都の実証プロジェクトはビジネスの移動手段と観光という2つのユースケースがあり、大阪・関西万博でも飛行したスカイドライブを使ってデモ飛行するために準備中です。延岡市は医療や防災がユースケース、その関係者と検討を進めています。
― 機体が落ちたら危ないといった否定的な意見もありますか?
周辺住民の方から「うちの家の上を飛ぶのか?」といった質問をいただきます。延岡の場合は「新しいオペレーションが加わると医療現場の負担になるのでは?」という意見もあります。社会の受容性はとても大切なテーマなので、具体的にどこを飛び、どんな使い方をされ、どこに負担があるかを丁寧にヒアリングして進めています。

― 延岡市の取り組み、「QaaS」について教えてください。
QaaS(救急 as a Service)は2022年度に構築したシステムで、救急車やドクターカーだけでなく、医療機関にQaaS専用のタブレット端末を配置しています。それを活用し、救急搬送時の医療情報を救急車と医療機関などで共有し、どのような病院に搬送するか?どの救急モビリティが適切か?といった判断に使ったり、救急車とドクターカーのドッキングポイントの選定などを行っています。2023年度以降はシステムの高度化を図っていて、将来は空飛ぶクルマにQaaSを導入することも検討しています。
DXで救命率をアップ! 救急現場におけるデータ連携と可視化を実現した「QaaS」が延岡市でスタート | FRONTLINE | MRI 三菱総合研究所
延岡の課題は、ドクターヘリで救急医療を提供できない空白地帯があることです。ドクターヘリは出動できる範囲に限りがあり、救命率を考えて「片道15分ルール」という制約があります。延岡はその圏内に入っていないのです。ドクターヘリを追加で配備するのは非常に難しいため、機動力の高い空飛ぶクルマの導入がすごく期待されています。
― 15分ルールに当てはまらない地域は他にもありそうですね。
山間の地域などに同じような課題を持つ自治体があり、延岡市の取り組みを聞きにきたり、空飛ぶクルマの検討会を傍聴しにくる方もいらっしゃるそうです。
― 延岡では具体的にどんな活動をしていますか?
2023・24年は市民に空飛ぶクルマを知っていただくステップとして、EHangという中国の機体を使った飛行実証を行いました。また、医療、消防・防災、製造業の皆さまに向けて、技術開発の現状やユースケース、実装に向けた課題をプレゼンしました。地元企業や関係者の率直な視点を伺い、空飛ぶクルマの導入や事業の可能性などについて意見交換もさせていただきました。

― 子ども向けのワークショップも行ったそうですね。
20人以上のお子さんが集まり、実際に機体を見ながら、空飛ぶクルマの使い方や機械の構造について基本的なクイズ大会をしました。会場のグラウンドでメガホンを持ち「どっちだと思いますかー?」「実際、見に行ってみよう!」と話しかけ、なんとか盛り上げました。地上の機体に乗車体験して写真を撮るなど、なかなか実物を触る機会は少ないので喜ばれました。



― 今は何が課題となっているのでしょうか?
日本は空飛ぶクルマを飛行させるための法律はおおよそ整備されていますが、機体の安全性に関わる耐空証明の取得が遅れている状況です。アメリカやヨーロッパでも機体の耐空証明が航空局に申請されていますが、旅客機と同等レベルの安全性の基準はすごく高く、なかなかクリアできる機体が出てこないのが実情です。
― 安全は最も気になりますよね。機体だけでなく、環境面もありそうです。
空の交通整理も課題です。航空機、ドローン、空飛ぶクルマなどをどう整理するか、まだ調整しきれていません。これが直近の課題かなと思います。空が渋滞しないため、モビリティごとに飛ぶ高さを決めるのか?色々な高さを飛べるように運用管理のルールをつくるべきか?まだ決まりきらない状況です。
― でも、やりがいはとてもありそう。
すべての技術分野を一つひとつ分析するので膨大な調査が必要ですし、専門家へのヒアリングは非常に難しい部分もありますが、空飛ぶクルマの要素技術全体を理解することはすごく面白いです。メーカーの方や大学の先生など、みんなが合意でき、できるだけリーズナブルな形にするための議論は難しかったですが、関係者間で合意にたどり着けると、自分もこの業界で役立てたという実感が持てました。

― シンクタンクに向いているのはどんな人だと思いますか?
色々な関係者とたくさん議論して、新しい技術は実装されます。答えがまだないテーマに対し、答えを見つけにいく気持ちが大切です。たくさんの人と話しながらアウトプットすることが好きな人、課題をさまざまな視点で考えることができる人が向いていると思います。
例えば、サービスをつくる側、使う側、使うための制度を作る側など、色々な課題と見方があります。それぞれが納得できる形を見つけていくために、さまざまな立場の意見を自分ごとに考えられる人が向いているのではないでしょうか。
― 今後、チャレンジしたいことはありますか?
航空機の整備・保守の知見をより活かせるプロジェクトがあったらいいなと思っています。空飛ぶクルマはどう持続可能にしていけるかが課題ですし、インフラをどう整備し、どんな仕組みにしていけるのか?ずっと空飛ぶクルマに寄り添い、微力ながらも自分の経験を活かすことができたらいいなと思います。
― 持続可能性はすごく重要ですね。社会インフラとなる場合は、鉄道やバス、タクシーのように新しい業界が立ち上がるのでしょうか?
交通インフラの知見を持つエアラインや鉄道など、既存企業が運営するのが直近の姿のように思います。一方で、空飛ぶクルマやヘリの運航会社はどちらか、または両方やります!という人たちも。防災や医療では、自治体や病院が空飛ぶクルマを持つ可能性もあります。実際の運営はどこが負担するのか?運航するために別の会社が必要なのか?みんなで「うーん」と悩んでいるところです。
〈記事の話を聞いた人〉
モビリティ・通信政策本部 次世代テクノロジーグループ
石塚沙也子
大学では航空宇宙工学を専攻。前職では航空会社の技術系総合職として、航空機エンジンの整備業務を経験。2022年入社。生き物と触れ合うのが好き、熱帯魚とハムスターを飼っている。学生時代に始めたサックスの練習も。
「空飛ぶクルマ・産業用ドローン事業におけるリスクマネジメントチェックブック」を無償公開 次世代航空事業者のリスク管理を標準化し安全性確保へ | MRI 三菱総合研究所
企画:人事部、広報部
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