【コース2-3】技術者からマネジメントへ ― キャリアの分かれ道を考える|ステップ学習『はたらくを考える』
研究を極めるか、人を動かすか。データで読むエンジニアの分岐点と、将来の選択肢を広げる戦略を解説。
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技術者のキャリアは一本道じゃない ― でも、誰も教えてくれない分岐点
「将来、管理職になりたいですか?」
この問いに「Yes」と答えるIT人材は、わずか15.7%しかいない。レバテック株式会社が2024年11月に実施した調査は、技術者のキャリア観を象徴する衝撃的な数字を示した。さらに驚くべきは、すでに管理職に就いている人のうち約4人に1人(24.1%)が「管理職を続けたくない」と答えている事実だ。
理系学生の多くは、大学で専門知識を深め、研究に没頭し、技術を磨くことに喜びを感じている。そして就職後も「技術者として成長したい」と考えるのは自然なことだろう。しかし、企業に入れば多くの場合、ある時点で選択を迫られる。研究開発のスペシャリストとして極めるのか、それともマネジメントの道に進むのか。
この分岐点について、大学のキャリアセンターも、就活サイトも、ほとんど語らない。「昇進」という言葉で美化されがちだが、実際には全く異なる2つの職業への転職に等しい選択なのだ。今回は、データと現場のリアルをもとに、この「キャリアの分かれ道」を徹底的に解剖する。
研究開発を極める道 ― スペシャリストという生き方の光と影
技術を愛する者の葛藤
「マネジメントになりたくない」理由のトップは「責任やストレスを感じることが増えそう」(48.4%)だが、注目すべきは11.7%が「技術者としての専門性を磨きたい」と答えている点だ。一見すると少数派に見えるが、これは技術者の本音を表している。コードを書くこと、実験を重ねること、データを分析すること―それ自体に喜びを感じる人にとって、マネジメント業務は「本業からの離脱」を意味する。
リクルートワークス研究所の研究によれば、研究開発職のキャリアには「蓄積型モデル」と「即応型モデル」の2つがある。蓄積型は、専門知識を積み上げることで価値を高めるスタイル。学会発表、論文執筆、特許取得などを重ね、その分野における第一人者を目指す。一方の即応型は、プロジェクトごとに求められるスキルを柔軟に習得し、組織の課題に即応していくスタイルだ。
どちらのモデルを選ぶにせよ、スペシャリストとして生きるには「自分の専門性が市場で通用し続けるか」という問いと常に向き合わなければならない。技術は日進月歩で進化し、昨日まで最先端だったスキルが明日には陳腐化する。AIやデジタルトランスフォーメーションが加速する今、この「賞味期限」はますます短くなっている。
日本企業の「ジョブローテーション」という壁
さらに日本企業特有の課題がある。ジョブローテーション制度だ。「幅広い経験を積ませる」という名目で、数年ごとに部署を異動させる企業は少なくない。これは専門性を深めたい技術者にとって最大の敵となる。
せっかく機械学習の専門性を磨いてきたのに、突然IoT部門に異動。化学系の研究で成果を出していたのに、品質管理部門へ。こうした「キャリアの分断」は、スペシャリストを目指す者にとって致命的だ。しかも、会社都合の異動を拒否すれば「協調性がない」と評価される。
もちろん、専門性を尊重する企業もある。デュアル・ラダー制度を採用し、管理職と同等の処遇・地位を与える「専門職コース」を用意している企業も増えてきた。しかし、現実には「専門職コースは管理職に比べてポストが少ない」「結局、年収の上限が低い」といった不満の声も多い。
それでもスペシャリストを選ぶ価値
それでも、スペシャリストとして生きる道には大きな魅力がある。自分の技術で直接的に価値を生み出せる実感、最新技術に触れ続けられる刺激、専門家コミュニティでの承認―これらは管理職では得られない喜びだ。
また、専門性が高ければ転職市場でも有利になる。特定技術のエキスパートは、業界を超えて引く手あまただ。会社に依存せず、「自分のスキル」を武器に生きていける―それは、終身雇用が崩壊した今の時代において、最強のセーフティネットとも言える。
実際、エンジニアの約80%が管理職を避ける傾向にあるという調査もある。これは「管理職に魅力がない」というより、「技術を続けることに価値を見出している」人が多いことの証明だ。技術者として第一線で活躍し続け、その専門性で高い報酬を得て、自分の市場価値を高め続ける―この道を選ぶことに、何の恥じらいも持つ必要はない。
マネジメントへ進む道 ― 人を動かす側のリアル
「昇進」という名の転職
では、マネジメントの道はどうか。多くの企業では、技術者として成果を出すと「次は管理職だね」と期待される。しかし、技術者として優秀であることと、マネジメントができることは全く別のスキルだ。
マネジメントとは、技術を磨くことではない。チームメンバーの育成、プロジェクトの進行管理、予算の調整、経営層への報告、他部署との調整―こうした「人を動かす」「組織を回す」業務が中心になる。コードを書く時間、実験する時間は激減する。リクルートワークス研究所の研究でも、研究開発マネジャーには「リーダーシップ」「コミュニケーション能力」「戦略的思考」など、技術とは全く異なる能力が求められるとされている。
同研究では、研究開発マネジャーに必要な能力として、開本浩矢氏が提唱する「リーダーシップ行動14次元」が紹介されている。目標設定、計画立案、調整・統合、情報収集・伝達、育成・支援、動機づけ、評価・承認など、技術力とは全く別の能力群だ。これらを一から学び、実践できるようになるには、相当な時間と努力が必要になる。
実際、現職の管理職の約4人に1人(24.1%)が「管理職を続けたくない」と答えており、その最大の理由は「責任やストレスが多い」(52.0%)。そして「給与の割に合わない」(12.5%)という本音も見える。管理職になれば確かに給料は上がるが、責任の重さとストレスの増加を考えると「コスパが悪い」と感じる人が多いのだ。
AIに奪われる中間管理職の仕事
さらに厳しい現実がある。野村総合研究所の調査によれば、中間管理職の業務の46.7%はデジタル化によって削減可能だという。部下の勤怠管理、プロジェクトの進捗確認、レポートの作成―こうしたルーティン業務は、AIやデジタルツールに置き換わりつつある。

「人を管理する」だけの管理職は、今後ますます価値を失っていく。求められるのは、戦略を描き、組織を変革し、新しい価値を生み出せるマネジャーだ。そのレベルに到達できなければ、「管理職なのに仕事がない」という地獄が待っている。
特に50代の管理職は厳しい。レバテックの調査では、50代の約7割が「管理職になりたくない」と答えている。これは若手の拒否感とは異なる背景がある。長年管理職を務めてきた人たちが、デジタル化の波、若手との価値観の違い、成果主義の圧力の中で、疲弊しているのだ。
マネジメントの本当の価値
しかし、マネジメントには技術者では得られない視野がある。事業全体を俯瞰できる立場、経営判断に関わる経験、組織を動かす影響力―これらは、将来的に起業したい、事業を創りたいと考えるなら、必須の経験だ。
リクルートワークス研究所の研究では、金井壽宏氏の研究を引用し、研究開発マネジャーには「2つのコズモロジー(世界観)」があるとされる。一つは技術の世界で培った論理性・専門性という世界観。もう一つは、組織や人を動かすための政治性・関係性という世界観。この2つの世界観を統合できる人こそが、真に優れたマネジャーになれる。
つまり、技術のバックグラウンドを持ちながらマネジメントができる人材は、技術の言葉と経営の言葉の両方を話せる通訳として、極めて貴重な存在になる。エンジニアの気持ちがわかり、かつ経営の論理も理解している。この二刀流は、技術系企業において最も希少価値が高い。
また、年齢を重ねると技術の最前線で戦い続けることは物理的にも厳しくなる。50代のエンジニアの約7割が「管理職になりたくない」と答えているが、その一方で「技術の最前線で若手と競争し続けるのもきつい」という本音もある。マネジメントスキルを持つことは、長期的なキャリアの選択肢を広げる保険にもなる。
そして何より、優れたマネジャーは技術者の未来を守れる。無理な納期を断り、適切なリソースを確保し、メンバーが成長できる環境を整える―そんなマネジャーがいれば、技術者は安心して技術に集中できる。「自分がかつて欲しかったマネジャーになる」という動機で管理職を目指す人もいる。それは、技術への愛ゆえの選択だ。
上に行くほど広がるフィールド ― 選択肢を持つことの価値
「選ばない」は「選べない」につながる
ここで重要なのは、「今は選ばない」と「選べる状態を維持する」は違うということだ。
「自分は技術者でいたい」と決めることは悪くない。しかし、20代のうちにマネジメントの基礎(プロジェクト管理、メンバー育成、予算管理など)に一切触れず、30代、40代になってから「やっぱりマネジメントにも興味がある」と思っても、企業はもう機会を与えてくれない可能性が高い。
逆に、「マネジメントを経験してみたけど、やっぱり技術の方が好きだ」と気づいた場合、技術を完全に捨てていなければスペシャリストに戻ることもできる。両方を経験してから選ぶのと、片方しか知らずに選ぶのでは、選択の質が全く違う。
リクルートワークス研究所の研究でも、優れた研究開発マネジャーは「技術とマネジメントの往復運動」を経験していることが指摘されている。若手時代に技術を磨き、中堅でマネジメントを経験し、また技術に戻って深掘りし、再びマネジメントへ―こうした柔軟なキャリアパスが、真の実力を育てる。
デュアル・ラダーと複線型キャリア
企業側も、優秀な技術者を管理職にして失うリスクに気づき始めている。デュアル・ラダー制度や複線型キャリア制度を導入し、「管理職コース」と「専門職コース」を並列で用意する企業が増えてきた。
この制度の狙いは明確だ。「管理職になりたくない優秀な技術者」を引き留めるため、技術職のまま高い地位と報酬を与える道を用意する。フェロー、テクニカルエキスパート、シニアスペシャリストなど、呼び名は企業によって異なるが、本質は同じだ。

しかし、制度があるだけでは不十分だ。専門職コースの処遇が管理職より劣っていたり、キャリアパスが不透明だったりすれば、結局「形だけの制度」になる。企業選びの際には、制度の有無だけでなく、実際に専門職として活躍している先輩がいるか、その人が尊重されているかを確認すべきだ。
就活の面接で「御社にはデュアル・ラダー制度がありますか?」「専門職で活躍されている方の事例を教えてください」と質問することを恐れてはいけない。それは「生意気な質問」ではなく、「自分のキャリアを真剣に考えている証拠」だ。優良企業ほど、そうした質問を歓迎する。
起業やフリーランスという第三の道
そして忘れてはならないのが、「会社員として技術者かマネジャーか」という二択だけが選択肢ではないということだ。起業、フリーランス、副業、複業―働き方の選択肢は広がっている。
技術力があれば、フリーランスとして企業から案件を受注することもできる。機械学習エンジニア、セキュリティエンジニア、データサイエンティストなど、専門性の高い技術者は、月単価100万円以上で働くことも珍しくない。会社の管理職になるより、フリーランスの方が稼げるケースもある。
マネジメント経験があれば、スタートアップでCTO(最高技術責任者)やVPoE(Vice President of Engineering)として事業を創ることもできる。技術がわかり、かつ組織を動かせる人材は、スタートアップにとって喉から手が出るほど欲しい存在だ。
さらに、技術力とマネジメント力の両方を持つことで、選択肢は指数関数的に増える。技術系スタートアップを自分で創業することもできるし、技術顧問として複数の企業を支援することもできる。大企業の管理職を経験した後、独立してコンサルタントになる道もある。
どちらか一方に絞るのではなく、両方の引き出しを持つこと。それが、予測不可能な時代を生き抜く最強の戦略だ。
分かれ道をどう選ぶか ― 「今」決める必要はない
焦る必要はない、でも準備は必要
ここまで読んで「どっちを選べばいいんだ…」と悩んだかもしれない。でも、今すぐ決める必要はない。
20代の前半で「一生技術者でいく」「絶対マネジメントに進む」と決めるのは早すぎる。実際に働いてみて、いろんなプロジェクトに関わって、いろんな先輩を見てから判断すればいい。ただし、選択肢を持ち続けるための準備は必要だ。
技術者でいたいなら、専門性を深めつつ、市場価値を意識する。自分のスキルが「その会社でしか通用しない技術」になっていないか、定期的にチェックする。学会、勉強会、OSSコミュニティに参加し、外の世界とのつながりを保つ。GitHubに自分のコードを公開し、技術ブログを書き、「この分野ならこの人」と言われる存在を目指す。
マネジメントに興味があるなら、早い段階から小さなリーダー経験を積む。後輩の指導、プロジェクトのサブリーダー、勉強会の運営―こうした「人を動かす」経験は、必ず役に立つ。新人の頃から「自分がリーダーならどうするか」を考える癖をつけておけば、いざマネジメントの機会が来たときにスムーズに移行できる。

「実験」としてのキャリア選択
一つ提案したいのは、キャリアを「実験」として捉えることだ。
「この道を選んだら一生この道」と考えると、選択が怖くなる。でも、「とりあえず3年間、スペシャリストとして極めてみる。それでもし違うと思ったら、マネジメントにチャレンジしてみる」と考えれば、気が楽になる。
実際、リクルートワークス研究所の研究でも、優れたマネジャーは「技術とマネジメントを往復する」経験をしていることが示されている。一度マネジャーになったからといって、二度と技術に戻れないわけではない。むしろ、両方を経験することで、より深い洞察が得られる。
キャリアは直線ではなく、螺旋階段だ。技術を学び、マネジメントを経験し、また技術に戻って深掘りし、さらに高いレベルのマネジメントに挑戦する。この往復運動こそが、真のプロフェッショナルを育てる。
「選ばされる」のではなく「選ぶ」ために
最後に、最も重要なことを伝えたい。
キャリアは「選ばされる」ものではなく「選ぶ」ものだ。会社の都合で「君、そろそろ管理職ね」と言われて仕方なく受け入れるのではなく、自分の意志で「今はこっちを選ぶ」と決める。そのためには、自分の市場価値を高め、転職できるだけのスキルを持ち、「嫌ならNOと言える状態」を作っておくことが大切だ。
レバテックの調査で「管理職になりたくない」と答えた人の多くは、おそらく「選択肢がない中で無理やり管理職にされるのが嫌だ」という意味も含んでいるだろう。逆に言えば、自分で選べる状態にあれば、どちらの道も魅力的に見えるはずだ。
研究を極めるのも、人を動かすのも、どちらも素晴らしいキャリアだ。大事なのは、どちらが正解かではなく、自分が納得して選べるかどうか。そのために、学生のうちから、社会人の早い段階から、いろんな経験を積み、いろんな人に会い、自分の「好き」と「得意」を見極めておこう。
分かれ道の先にあるもの
技術者からマネジメントへの道は、確かに分かれ道だ。でも、それは「どちらかを捨てる選択」ではない。どちらの世界も知り、両方の武器を持つことで、より大きなフィールドが開ける―それが、この記事で最も伝えたいメッセージだ。
20代で技術を磨き、30代でマネジメントを経験し、40代で起業する。あるいは、20代でマネジメントを学び、30代で技術に戻って専門性を深め、40代でCTOになる。どのルートも正解だし、どのルートも可能性に満ちている。
分かれ道は、恐れるものじゃない。選択肢があるということは、それだけ自分の可能性が広いということなのだから。
そして忘れないでほしい。君たちが今学んでいる技術も、これから身につけるマネジメントスキルも、すべては「誰かの課題を解決するため」の手段だ。技術で直接解決するのか、組織を動かして解決するのか―手段は違えど、目的は同じ。社会に価値を届けること。
その視点を持ち続ければ、どちらの道を選んでも、きっと後悔しないキャリアを歩めるはずだ。
参考文献
- レバテック株式会社「IT人材のキャリア形成と管理職採用に関する実態調査」(2024年11月実施) https://levtech.co.jp/research/2113978//
- リクルートワークス研究所「研究開発従事者のマネジメント能力開発 ―プロフェッショナルからマネジャーへ―」 https://www.works-i.com/research/paper/item/080601_WR03_19.pdf
- 野村総合研究所「AI等による中間管理職業務のデジタル化可能性に関する調査」
- 各種企業のデュアル・ラダー制度・専門職制度に関する事例
- エンジニアのキャリアパスと管理職志向に関する各種調査
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