欲望を否定せず戦略的に活かす。幸福学×心理学で読み解く、理系のための現実的キャリア設計論。
ここまでの話で、幸せとキャリア構築について大切な確認をしてきたけれど、
これからは「いま・ここ」で幸せ(Being)であるための方法論として、
「欲望と正面から向き合う」ことを提案したい。
「欲望は悪いもの」「清貧こそ美徳」——
そうした考えは美しく響くけれど、現実的ではない。
生活にはお金も必要だし、適度な楽しみも人を前に進ませる。

そこで参考になるのが、神田昌典さんの『非常識な成功法則』だ。
この本が教えてくれるのは、「欲望を否定するのではなく、戦略的に活用すること」の大切さ。
非常に実践的で、キャリア初期にも響く内容なので、ぜひ読んでみてほしい。
神田氏の成功哲学を筆者なりに整理すると、
次のような“成功の4象限”にまとめられる。※

この座標をどう動くかがポイントだ。
いきなり左下から右上を直線的に目指すのではなく、
まずは右方向へ動いて「経済的な基盤と影響力(巻き込む力)」をつける。
お金を動かし、人を巻き込み、
そこから自然に「心の豊かさ(上方向)」へと成長していく。
これが神田氏のいう「最短で確実な成功への道」だ。
たとえば、「世界を変えたい」と高尚な理想を掲げても、
日々の生活費や現実的な制約で続けられず、挫折することもある。
だからまずは、経済的に自立し、力を蓄えることから始めよう。
理工系学生であれば、
「いい給料をもらいたい」「最新設備に触れたい」「研究を続けたい」
といった欲求は健全なものだ。
それを叶えることで時間や資源に余裕が生まれ、
理想(=右上)に向かう余力ができる。
理想を掲げる志は大切にしながらも、
現実的に“右へ進む”ステップを恐れず踏むこと。
感謝を忘れず、前向きに欲望を活かしていく——
それが幸せと成功を両立させる道だ。
※上記の図表は神田氏の原案に書き足して作成しております。
原案は以下

〜マズローの5段階欲求説+α〜
欲望はエンジンになるが、暴走すれば制御不能になる。
だからこそ、「自分を俯瞰し、整える力」が重要だ。
ここで役立つのが、心理学者アブラハム・マズロー(Abraham Maslow)の理論だ。

マズローは、人間の欲求を次のように整理した。
下位の欲求がある程度満たされると、上位の欲求が現れる。
さらに、晩年のマズローは
6段階目として「自己超越欲求」を提唱した。
それは「自分を超えて、他者や社会に貢献したい」という境地だ。
近年のポジティブ心理学でも、この「自己超越」が
人間的幸福をもたらす最上位の欲求として注目されている。
このマズロー理論を参考に、理工系学生の欲求を6段階に整理するとこうなる。
理工系学生は特に知識欲が強い。
また、ガジェット収集欲のように探求や所有への好奇心も旺盛だ。
それを健全に満たし、次のステージへと昇華させていこう。

ここで、もう一人紹介しておきたい人物がいる。
それが思想家の中村天風(1876–1968)さんだ。
天風さんは、ヨガ哲学と西洋心理学を融合させた「積極心」の教えで知られ、
多くの著名人に影響を与えた。
代表作には『運命を拓く』(講談社文庫)などがある。
天風さんの考え方の中でも印象的なのが、
「心も身体も自分のものではなく、借り物である」という視点だ。
たとえば、
「腕をもう一本生やす」ことも、「風邪を一瞬で治す」こともできない。
つまり、身体は完全には自分の思い通りにならない。
同じように、心も「赤いリンゴを思い浮かべないようにしよう」と思っても、
かえって浮かんでしまう。
心もまた、意識のコントロール下にはない存在だ。
だからこそ、心や身体を“借り物”として一歩引いて観察し、
「今の自分の癖」や「思考の流れ」を客観視することが大切だと説く。
これは、心理学でいうメタ認知やセルフモニタリングにも通じる考え方だ。
天風氏の影響は広く、
実業家の松下幸之助や稲盛和夫、
さらにはスポーツ界では大谷翔平選手が
その思想に触れていることでも知られている。
また、天風の弟子であり、
電気通信大学名誉教授(ロボット・AI研究)の合田周平氏は、
著書『中村天風の教えがマンガで3時間でマスターできる本』(明日香出版社)
で、そのエッセンスを現代的に紹介している。

こうした哲学を学ぶことで、
「自分を客観視して制御する力」を養うことができる。
外の環境や感情に振り回されず、
自分の軸を持って幸せで在り続けること——
それこそが、キャリアにおける真の安定だ。
ライフステージごとに、
マズローの欲求階層と「幸せの4因子(やりがい・人間関係・成長・感謝)」を
意識的に組み合わせてみよう。
学びの安定と、研究室・仲間との信頼関係を育む。
職場で認められる存在になり、自分ならではの価値を生み出す。
後輩育成や社会貢献、技術を通じた課題解決に挑む。
夢の有無にかかわらず、
「今この瞬間」を幸せの4因子で満たすことが、
最も効果的なキャリア戦略だ。
そして、前向きに生きる人には
セレンディピティ(幸運な偶然)が訪れやすい。
日々の充実が、次のチャンスを引き寄せる。
だからこそ、
欲望を恐れず、感謝を忘れず、
自分らしく幸せに挑戦していこう。